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息子「鄭経」の時代

彼は参謀「陳永華」の協力により、

イギリスとの貿易、日本との貿易、東南アジアとの貿易に乗り出しました。

そして、日本やイギリスから武器・弾薬を買い取りました。

輸出品の主なものは砂糖です。

彼はまた漢文化を台湾へ入れる計画もしました。

参謀「陳永華」の建議で、

1665年台湾の台南で孔子廟を建てたのです。

そして学校も設立しました。これは台湾初めての学府です。

彼の時代に清王朝と5回の和議がありました。

清王朝への提案を出したのですが、

例えば、

髪を剃ることや清王朝衣服に変えないこと
台湾を永久に守ること
清王朝に献納しないこと

などでしたが、当然清王朝はそれを受け入れられませんでした。

和議はすべて失敗におわり、

1674年、明王朝の将軍たち耿精忠、尚可喜、吳三桂などは清王朝に投降し、

清王朝の兵を連れ、鄭経の支配下の福建の漳州、泉州、湖州、惠州などを制圧。

1680年、鄭経は海戰に負け、福建から台湾へ。

台湾国内の政変もあり、鄭経は翌年なくなりました。

そして監国「鄭克臧」が殺害され、

「馮錫範」という人物は彼の弟である「鄭克塽」を擁立し、

国政が悪くなり、どんどん衰退し、国民の信頼はどんどん失っていったのです。

2010年1月27日 20:02 |個別ページ

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