明治28年(西暦1895年)
当時の大清帝国が
「台湾は我々が管轄する領域ではない」
という主張により、大清帝国は日清戦争の敗戦責任を負わないために、
当時の台湾は大清帝国の管轄下ではない
「法治外領域」
であるという主張しました。
その時の台湾に対する認識は
鳥が卵を生めない場所
その地の男性は強盗や泥棒ばかりで、女性は娼婦ばかり
というものでした。
したがって、下関条約で日本の領土と認めたのです。
戦後日本の敗戦により、アメリカの圧力で、日本は台湾の管轄を放棄しました。
1945年以降は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が発した
一般命令第1号に基づき台湾へ進駐したが、アメリカの同意により、
毛沢東の共産軍に破れた蒋介石の国民党が、台湾へ逃げ込み、
今の台湾(中華民国)ができあがったのです。
明治台湾の総督府(現在の総統府)

2009年9月20日 22:59 |個別ページ
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